平川企画では、故郷の有終の在り方をお手伝いする企画として、
何もかもが行き過ぎてしまって、行き詰ってしまった現代の日本社会で、
これから多くの日本人が向き合うであろう、価値観の転換にあたって、
その一つの道標となるためにこそ、
今、消えかかっている、あるいは既に消えていってしまった
日本の故郷の意義や価値、有終の在り方があると考え、
俳句と写真を、そのメッセージを伝えていくための伝達手段として、
2010年から、熊本県北の菊池川流域を対象とした「奥の菊道」企画
2016年から、熊本県央の緑川流域を対象とした 「緑川行燈」企画
2019年から、熊本県南の球磨川流域を対象とした「球磨時雨」企画を
運営してきました。
そして、球磨川流域の「球磨時雨」企画につきましては、
2027年12月、最終回「球磨時雨」写真コンテストの入賞作品展と
終活俳句集「新編 球磨時雨」の出版をもって
「企画が完成する」ことを、ご報告させていただきます。
熊本には4本の一級河川があり、その中の3河川を企画対象としてきましたが、残り1本の一級河川・白川流域に2022年、世界的半導体企業の進出が決まり、
観光地の阿蘇から政令指定都市熊本市に流れるこの白川流域は、大きく急激に変化しています。
地方が今の時代を生き抜いていくためには、道徳や良心や理想ではなく、経済や企業や市場の論理をベースにせざる得ず、もう後戻りの出来ない現代の社会でのやむを得ない、一見魅力的に見える選択肢であったとは思いますが、
コインの裏表のように、白川流域に人やお金やモノや政策が流れ込む一方で、
令和2年豪雨災害の爪跡の残るこの球磨川流域には、人のいなくなった空き家・集落・耕作放棄地・インフラ・学校・無縁墓が残されていくでしょう。
そして、一時的・部分的・表面的には、今の日本では発展と言われる状況が、
白川流域を中心に創出されるでしょうが、歴史が何度も教えてくれるように、
この選択は、経済的メリットの波及効果以上の社会的デメリットの波及効果を熊本県の一定数の人たちにもたらすことになるでしょう。
近い将来、環境破壊や地球温暖化、エネルギー危機や食糧危機、働き手不足やインフラの老朽化、災害等の復旧の長期化、格差と分断の拡大、国際社会の対立や戦争、この期に及んでもまだ市場経済のシステムをベースにした日本の行政と政策、そして、定期的に必ずやって来る自然災害・・
もうどうにも止められない時代の流れの中で、熊本の約3割の人にとっては、深刻な状況に直面する時、現代の社会システムの中では、生活の維持が困難、あるいは、自分らしく生きることが困難と感じる状況、自身の価値観の転換を迫られる時が、訪れるでしょう。
その時こそ、この「球磨時雨」企画が意義を持つことでしょう。
現代の日本人が、忘れてしまったもの・無くしてしまったもの、
あるいは、置いてきたもの・捨ててきてしまったもの・・
そういったことを思い出させてくれる道標となってくれることでしょう。
そしていつの日か、「故郷に戻ろう!」と、
この球磨川流域に人々が戻ってきて、再び暮らし始める・・
これが弊社の考える地方創生・地域活性化の「球磨時雨」企画です。
「球磨時雨」の企画名は、万葉集の時代から和歌や俳句の世界で大事にされてきて、あの松尾芭蕉も大事にした、降りみ降らずみ定めなき時雨という言葉の持つ儚さや美しさを、美しい自然と懐かしい生活の残る球磨川流域、年間100日以上朝霧が発生すると言われる球磨盆地のイメージとして表現すると同時に、
弊社が約20年をかけた「奥の菊道」「緑川行燈」「球磨時雨」これらの企画も、最終的には時代の流れには逆らえず、おそらく儚く終わる企画となるだろうと予見しながらもなお、その終わりの時迄の残された時間は、例え儚く短くてもゼロではない、「時雨」のように、「儚いからこそ美しい」時間に皆さんを導く企画になるだろう、という思いを込めて、名付けた企画名です。
ここで、全企画完成にあたって、皆さんに最後のご案内です。
皆さんは、「残された時間を、どう生きていきますか?」
約20年間、多くの皆様のご協力とご愛顧、誠にありがとうございました。
いつの日か、この球磨川でお会いしましょう。
2028年1月1日 平川企画