平川企画では、故郷の有終の在り方をお手伝いする企画として、
何もかもが行き過ぎてしまって、行き詰ってしまった現代の日本の社会で、
これから日本人が向き合うであろう価値観の転換にあたって、
その一つの道標となるためにこそ、
今、消えかかっている、あるいは、既に消えていってしまった
日本の故郷の意味・価値、有終の在り方があると考え、
俳句と写真を、そのメッセージを伝えていくための伝達手段として、
2010年から、熊本県北の菊池川流域を対象とした「奥の菊道」企画
2016年から、熊本県央の緑川流域を対象とした 「緑川行燈」企画
2019年から、熊本県南の球磨川流域を対象とした「球磨時雨」企画を
運営してきました。
そして、2023年12月、菊池川流域の「奥の菊道」企画につきましては、
約13年間、多くの方のご協力を賜りまして「企画が完成した」ことを
ここにご報告させていただきます。
熊本には4本の一級河川があり、その中の3河川を企画対象としてきましたが、
残り1本の一級河川・白川流域に2022年、世界的半導体企業の進出が決まり、
観光地の阿蘇から政令指定都市熊本市に流れるこの白川流域は、大きく急激に
変化しています。
地方が今の時代を生き抜いていくためには、道徳や良心や理想ではなく、経済や企業や市場の論理をベースにせざる得ず、もう後戻りの出来ない現代の社会でのやむを得ない、一見魅力的に見える選択肢であったとは思いますが、
このことの経済的波及効果は想像以上に大きく、白川流域に企業や人やお金や政策が流れ込むだけではなく、この菊池川流域の広範囲の地域にも大きな社会的影響を及ぼしていくことでしょう。消えていく可能性のあった地域に、人と暮らしの残る可能性が出てきましたが、その街はもはや「故郷」とは呼べない新しい街となることでしょう。
そして、一時的・部分的・表面的には、今の日本では発展と言われる状況が、
白川流域を中心に創出されるでしょうが、歴史が何度も教えてくれるように、
この選択は、経済的メリットの波及効果以上の社会的デメリットの波及効果を熊本県の一定数の人たちにもたらすことになるでしょう。
近い将来、環境破壊や気候変動、エネルギー危機や食糧危機、人口減少による
労働力不足、インフラの老朽化、格差社会の拡大、いつの時代も同じ人間社会の分断と国際危機、この期に及んでもまだ市場経済のシステムをベースにした日本と行政の政策、そして、忘れた頃に定期的に必ずやって来る自然災害・・
もうどうにも止められない時代の流れの中で、熊本の約3割の人にとっては、深刻な状況に直面する時、現代の社会システムの中では、生活の維持が困難、あるいは、自分らしく生きることが困難と感じる状況、自身の価値観の転換を求められる時が、訪れるでしょう。
その時こそ、この「奥の菊道」企画が意義を持つことでしょう。
現代の日本人が、忘れてしまったもの・無くしてしまったもの、
あるいは、置いてきたもの・捨ててきてしまったもの、すなわち、
自然と共に生きることであったり、
農業や労働の大切さを知り、足るを知る生活を営むことであったり、
家族や日々の生活を大事に、感謝の心で生きていくことであったり・・
そういったことを思い出させてくれる道標の一つとなってくれるでしょう。
「故郷に戻ろう!」と・・
そして長い時間が過ぎた後、
この菊池川流域に人々が戻ってきて、再び暮らし始める・・
これが弊社の考える地方創生・地域活性化の「奥の菊道」企画です。
「奥の菊道」の企画名は、「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人
なり」の冒頭で始まる、皆さんもよくご存じの松尾芭蕉の「おくのほそ道」の
旅と俳句を通した日本人的風流と人生観を、美しい自然と懐かしい生活の残る菊池川流域のイメージとして表現すると同時に、
今後さらに混迷を増す社会の中で、多くの方が価値観の転換を迫られる時、
この企画が、人々にとっての「人生の振り返り」「自分の見つめ直し」という「自分への旅の道」となり、いつの日か、一番最後に(「奥の」)たどり着くであろう、この「菊」池川に人々が戻って来る際の「道」となるように・・・
という思いを込めた企画名です。
約13年間、多くの皆様のご協力とご愛顧、誠にありがとうございました。
いつの日か、この菊池川でお会いしましょう。
2023年12月1日 平川企画